幸せな結末

Happy End

アイドルばかり聴かないで

アイドルばかり聴いている。

2012年は自分にとって「ポップス回帰の年」であった。そしてその流れはこの1ヶ月半のうちに急展開を見せた。すなわち今僕はアイドル・ポップばかり聴いている。
そう、まずは『ラグジュアリー歌謡』から始めよう。去年から松田聖子だけは聴いていたが、それははっぴいえんどつながりだったからというだけ。昨今のアイドル・ブームを横目に、80年代からのアイドルを辿ってみようとなんとなく思ったのだ。その本の最後尾に、Tomato n' Pineの2011年のシングル『ジングルガール上位時代』が取り上げられていた。トマパイは去年アルバムが出た頃から名前は知っていた。そしてそのアルバムがかなり高評価を受けており、ミュージック・マガジンのポップ・アルバムで年間ベストだったことも知っていた。だからとりあえずその曲をYouTubeで検索してみたのだ。

それは、イントロから曲が終わるまで、完璧な展開とメロディと歌詞を持った、驚くべきポップ・ソングだった。

そして、ファーストにしてラスト・アルバム『PS4U』を購入。期待に違わぬ名盤だった。ここ数年で最高のポップ・アルバムだと断言できる。
また、『ラグジュアリー歌謡』で大きくフィーチャーされていたのがQlairというグループ。90年代初頭、かなり良質な楽曲を出したにもかかわらず、時代が悪かったのか、すぐ解散。しかし歌は残る。2005年に出たコンプリート盤(4500円)が、筆舌に尽くし難いくらい素晴らしい。往年のソフト・ロックを思わせる、おしゃれで、懐かしく、かつ切ないポップ・ソング・ブックだ。
ちなみにトマパイも、クレアと同じ3人組。ヒット・チャートに縁がなく、2〜3年で解散。ソニー・ミュージック発。楽曲クオリティの高さ。以上の点からこの2組はとても似ていると思う。だから自分にとってこの2組を同時に聴けたのは意味のあることだった。

そういうわけで、とりあえず「アイドルにもいい曲ってあるんだなぁ」という認識を、その時点でしたわけだ。

ふとクレアの「新しいシャツ」という曲が、なんとなく乃木坂46っぽいと思った。そこで乃木坂のシングルを全て借りる。とてもいい曲が多かった。澄み切っていて、浄化されるな、と単純に思った。テレビでアイドル・ソングが流れていても、今までそんな気持ちにはなれなかった自分としては、かなり意外な感情だった。

確実に何かが変わりつつあるんだな、と。


そのタイミングで、外部実験に出張。当然それらのアイドルをずっと聴いて癒されていた。出張中、Negiccoという新潟のローカル・アイドル(名前は知っていた)の新曲が、小西康陽プロデュースだという一報を受け取る。出張から帰り、早速Negiccoの楽曲をダウンロード。そのクオリティにまた驚愕することになる。7月のアルバムは名盤の予感しかしない。

その後は東京女子流9nineなども聴いて今に至る。

とりあえず6/22のやついフェスが楽しみだ。中村一義目当てだったはずだが、今はNegiccoや女子流などのアイドル・グループが楽しみになっている。現場はまた異様な雰囲気だろうが、それも含めてね。


アイドルを聴く層にもいろいろあって、「楽曲派」というのがあるらしい。僕もそれの中に属しているだろう。まず曲ありき、これが僕の見方。思うのだけど、ポップスは、作家から語られるべきだ。結局アイドルの曲を作っているのは、音楽オタクのおっさんばかりだと思うのだ。もちろん女の子たちの個性や、パフォーマンス、ライブの盛り上がり方、成長を見守るようなドキュメント性など、いろんな要素はあるだろう。それらのどれを楽しむかは、聴く人たちの自由。それこそ、まさに今盛り上がっている選挙なんかもそう。楽しめる要素が沢山ある、アイドルってそういう極めて雑多なエンターテインメント、ポップ・カルチャーなんだなと、最近は思うのです。

僕は音楽そのもの(音、そのもの)が好きだけど、それと同じくらい、音楽シーンが好きだ。ポップ・ミュージックを繋ぐ、縦と横の糸=文脈のようなもの。影響され、影響させる。ポップスには不可欠な要素だろう。今のアイドル・シーンは、でんぱ組.incオリコン・デイリー・チャート2位に食い込むなど、まさに群雄割拠戦国時代。それは60年代、ガールズ・コーラス・グループが乱立したアメリカと同じではないかと、最近気付いた。それは楽しくて仕方ないね。悔やまれるのは、ちょいと遅かったかなということ。たぶん去年が一番ピークだった気がする。トマパイが散開して区切りがついたような。AKBも世代交代の時期。

終わりに。
今最もデビューが待たれるアイドルは、「潮騒のメモリーズ」。

広告を非表示にする